アパートから見下ろす、にぎやかな旧市街<リガ>
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リガに着いてもう4日も経つのに、わたしはまだこの街のことをほとんどしらない。
ひとりの滞在には広すぎるアパートの部屋にこもって、窓辺に移動した小さなテーブルの上にパソコンを置き、資料をどさっと広げて、ひたすら仕事をしている。
日本との時差は−7時間。原稿も、約束の連絡も打ち合わせも、ぜんぶ半日ぶん早くやらなきゃいけない。
わたしは今、たしかにラトビアにいる。なのに。
日本にいるときとまったく変わらない状況に腹を立ててみるけれど、まぁ仕方がない。
仕事を抱えて旅をするというのは、こういうことだ。
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毎日、11時を過ぎたころから窓の外が騒がしくなりはじめる。
旧市街に借りた部屋はちょうど街の中心あたり。
アパートのまわりはどこを見てもカフェやレストランだらけで、
歩道にはみ出すように並んだテーブル席は、
お昼をとる欧米の観光客であっという間に埋まってしまう。
仕事の合間に3階の窓からその様子を見下ろすのが日課になった。
悪趣味とは思いながら、カメラの望遠レンズ越しにかれらがどんなものを食べているのかチェックするのがけっこう楽しかった。
円盤のように巨大なピザや靴底みたいなステーキ、溺れてしまいそうなビール。
世界は食欲であふれている––––たしかにその通りだ。
わたしはだいたい、買っておいたパンやシリアルでかんたんにお昼をすませる。
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午後になってPARTY BIKEがやってくると、通りの喧騒がひときわ大きくなった。
PARTY BIKEというのは、トラックの荷台にカウンターをくっつけた移動式のバーみたいなやつで、10人ぐらいのおじさんが向かい合って大騒ぎをしながらビールを飲みつつ、
全員で足元のペダルを踏んで旧市街をのんびり進んで行くというシロモノ。
カウンターの中には接客担当の若い女性がかならず一人。
PARTY BIKEではおじさんたちが全員で合唱していることが多くて、
一緒に混じってみたいと思うほど、なんだかとても楽しそうだ。
初夏の陽気に、街がいきいきしている。
この時期のバルトは白夜に近くて、夕方になっても外はまだ真昼のように明るい。
仕事を終わらせ、アパートの近くのカフェに行く。
テラスに席をとってワインを飲みながらぼんやり過ごしていると、
ようやく旅先にいる実感が湧いてくる。
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目的を持つ旅は、今回が初めてだった
バルト三国について知っていたのはその名前くらいで、
どこにあるのか、何があるのか、どんな成り立ちなのか、そういうことはまったく知らなかった。
唯一の趣味は旅ですなんて、たまにかっこつけて言うこともあるけど、
これまでわたしは、思いついた時に思いついた場所に行くという、
まったく計画のない、なんとなくな旅ばかりしてきた。
世界遺産を巡るとか、歴史を学ぶとか、食を堪能するとか、大自然に浸るとか、
旅に“確固たるテーマ”みたいなものを持つことが窮屈だったのだ。
何も決めず、流されるように無目的な旅も、それはそれでじゅうぶん過ぎるほど魅力的だし、
写真をいっぱい撮っていなくても、名物を食べ損ねても、
人気の観光地に足を運べなくても、まぁいいや、って感じで。
次に旅に行く場所は、日本人が押し寄せてくるような国ではないところ。
ヨーロッパのどこか遠くで、知らないことがいっぱいあるところ。
コロナがあけてベトナムを旅した後、そんなふうに漠然と考えていた。
そして何かのきっかけでふと知ったのが、バルトの国々。
エストニア、ラトビア、リトアニア、それぞれにプリミティブな暮らしがあり、
周囲の大国に惑わされないいとなみがあり、そこから生まれる魅力的な手仕事がある。
だったら、その一つひとつを自分の目でたしかめて、
本当に気に入ったものだけを日本に持ち帰る、そういう旅はどうだろう。
明確な目的を持つ旅は、今回が初めてだ。
前置きがずいぶん長くなったけれど、そういうことで今回の旅を決めた。
『地球の歩き方』は、これまで行ったどこの国のよりもページ数が少ない。
バルトには3つの国があるというのに。
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